田舎僧侶の暮らし

けっこう長芋が好きな坊主のブログ

【読了記録】いつも「時間がない」あなたに‐欠乏の行動経済学‐

 

 

 

 

とりわけ今の私には、「時間がない」と思うほど仕事が切羽詰まっているわけではないけども、「時間がない」と思って焦った事はあるからおもわず読んじゃったよね。



『いつも「時間がない」あなたに‐欠乏の行動経済学‐』読了しました。

 

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「時間がない」と「お金がない」は似ている

 

 

 

 

どうやら著者によると、「時間がない」といっぱいいっぱいになっている人と、「お金がない」といっている人の行動の心理は似ているらしい。



時間がない人
締切までまだ時間があるから余裕そうにしているけど、そのうち、あれ締切まで時間ないじゃん!となってから、その仕事に取りかかったりしがち。

 

そうして、とりかかった最中に、また違う仕事が降りかかってきたりとかね。

 

今日は数回ミーティングが控えているぞ!みたいな日に限って最初の会議に5分遅刻なんかしちゃったりして、次のミーティングも遅れそうになるとか。

 

そんなハラハラした状態で最初のミーティングに参加しても、この後の心配事で頭がいっぱいになっちゃう。

 

そして「時間がない」って日々忙しなくしている。



お金がない人
「お金がない」かといって、日常生活で支払わなければならないインフラはいまや沢山ある。水道・電気・ガス・携帯電話代etc

 

そんな「お金がない」状態でも支払わなければならないから、最悪カードローン的なものに頼ってしまう。

 

そうなると当然利子がついてまわる。

 

その月は支払ができたとしても、翌月にはその利子の支払いも重なってくる。

 

そうやって、その月は乗り越えられたけど、次からは利子の返済分の支払が余計増えてしまい、また「お金がない」状態になってしまう。

 

そしてこの両者に共通している心理現象が「欠乏」というキーワードになっている。



欠乏は欠乏を生む

 

 

欠乏はそもそも、重大な心配ごとが連続発生するものである。どこでも誰にでも起こりうる夫婦喧嘩とちがって、お金や時間にまつわる心配ごとは、貧しい人や忙しい人の周りに群がって、めったに消えない。貧しい人は、ひっきりなしに生まれるお金の心配と闘わなくてはならない。多忙な人は、ひっきりなしに生まれる時間の心配と闘わなくてはならない。欠乏はまちがいなく、ほかのあらゆる心配の上にさらなる負担を加える。そしてまずまちがいなく、つねに処理能力に負担をかける。p88

 



そう、「時間がない」って思いながら仕事しちゃうと、「時間がない」ことに集中しちゃって、仕事の質や、他の事を考える余裕がなくなっちゃうよね。

 

「お金がない」って時は、たぶん給料日後にはそれなりにあるんだろうけど、給料日前にはスカスカ、まずい。ってなる時あるよね。




処理能力のことは考えない



人は常に物事を処理している。

 

朝は何食べようとか、今日の上司の機嫌はどうかなとか、次の休みどこ行こうとか、人は常になにかしら考えているんだって。

 

そんでもって、休みの日のスケジュールをパンパンに詰め込んで、休みの日をエンジョイするぜ!とか考えてワクワクして休日迎えたら、スケジュールパンパンに詰め込んだせいで、楽しいけどもう疲れた!みたいな状態になりがち。

 

そう、楽しい予定を立てるのは考えるけど、そうなったときの自分の疲労状態までは考えていない。

 

自分がどのくらい物事を処理できる状態にいるかって、あまり考えないけど、実際には色んなことに処理能力を使っている。

 

そして案外疲れてる。

 

 

 

 

大切なのは時間管理

 

人は自分が思っているより、日常で処理能力を消費している。だから、疲れる。

 

一度「欠乏」の状態に入っちゃうと、「欠乏」をどうにかしようと処理能力をふんだんに使っちゃうんだよね。

 

そうすると、他のことに使える処理能力がだんだん減って行って、物事を判断しきれなくなるんよね。



そうならないためにも、時間とお金に比較的余裕がある時に、どうやってこれからの時間を使っていくか考える事が、「欠乏」に陥らない最初の一歩だと、この本は教えてくれたヨ。